屋根に登る。赤い屋根は緩やかな傾斜だった。そこに座れば町を一望できることを私は知っている。白い壁と赤い屋根の町並みはきっとどこまでも続いているだろう。
 彼女はそこにいた。鍔の広い白い帽子をかぶっていた。帽子に結ばれたリボンが長く伸び、穏やかな風に髪の毛と一緒に舞っていた。梯子をあがってきた私を見て彼女は手を振って見せた。私も、振り返した。
 屋根の上を吹く風は暖かい。吸い込まれそうな青色の空からは金色の日差しが降ってくる。私は手でひさしを作るようにして彼女の横まで動いた。脇に抱えた本を見て彼女は笑ったようだった。

「きみはその本が大好きだねえ」

 読み古して背が割れた、不格好な本を指さす。布で包まれた表紙はところどころが擦れて元の色を失っている。どのページに何が書かれているのかすでに私は記憶している。もう手にしなくても良いほどに読み込み頭の中に焼き付けた本は、しかし手放そうとは思えないほど愛着が湧いているのだった。
 それはきみもそうじゃないか、と私は彼女が膝に置いた本を指さした。私とまったく同じ色の、同じくらいぼろぼろの本だった。そうだったね、といたずらっ子の表情で彼女は笑った。
 私は彼女と並んで、町を見下ろした。広く続く町はどこが終わりなのか分からない。まるで迷路のように入り組んだ、誰にも全体を把握できなくなった町は、それでもなお広がり続けるのだろう。見下ろした先に人の歩く姿が見えた。

「ねえ」

 彼女が町の向こう側を指さした。赤と白の色合いがかすんだ先では、やはり青空が広がっているに違いない。

「昔、ここには海があったんだって」

 愛読し続ける本の中の知識を、私たちは共有する。

「海って、どんなものなんだろうね」

 けれど今までそうだったようにこれからも、私と彼女は本物を見ることはかなわないのだろう。町は続いている。降り続ける日差しが曇ることは、これからもきっとない。